霧島マナマナ

▼読了本 マイケル・フリーズ,、クレイグ・クラフト、ゲイリー・ポール・ナバーン 「トウガラシの叫び:〈食の危機〉最前線をゆく」(春秋社) 図書館で適当に借りると今こういう感じ。 何も難しい事を考えずに読める、という意味ではテレビっぽい体験だな。 こういう本ばっかり読んでたい。 

毛美刈兄弟

今年も終わりかけなので、ちょいと振り返るけど、
2010年は「けいおん!!」の年だった。
ここ何年か自分でアレコレ考えていたことが、すごくハッキリとした形で表されていたし、創作の上でもそれは励みになった。
結局それなのよね。作り手の態度と覚悟こそが最終的に心に残る。

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2009年の夏に出版された、蛸壷屋「万引きJK生 けいおん部」という同人コミックがあって、これはたぶんこの先に「けいおん!」の歴史を語るときにも唯一参照されるべきものだと思うから敢えて名前も出すけれど。
内容は、「けいおん!」のあまりの先進性に不安と疑問を抱く層に向けた、“わかりやすい”ストーリーになっている。
才能と嫉妬、自意識、突きつけられる現実、光と闇、トラウマ、エログロ、など「けいおん!」で描かれなかったものが既視感を伴って復活し、部員5人の「その後」が90年代〜00年代前半の鬱マンガのフォーマットで捉えられる。
ああ、これならわかる。我々の知っている世界の話だ、と思った層が確実にいたはずだ。奇しくも同じ年の夏に起こった酒井法子・押尾(のりしお)騒動がそのリアリティを補強した。
これが18禁の同人誌、として発表されたことも象徴的だけど、こういったストーリーは、徹底的な「あちら側」からの要請によるものであり、おそらくこの同人誌は個人的な動機よりも、冷静なマーケティング対象の結果として描かれていただろう。それゆえに、だからこそ時代性を伴った強度を持っていた。
なにせ当時、本編はいまだ完結しておらず、最終的な物語の回収は宙吊りにされていたし、回収不能である状態を本能的に嫌う人たちが、早く解読のラインを引きたがっていた。

もしかしたら、おそらく、多分に、これは単なるエロ本でしかなかったのかもしれない。しかし、本編が終わっていないタイミングで発表されたことによって、別の使命を帯びることになった。
本編が打ち克つべき対象としての、別の(古い)「物語」――「けいおん!!」が、「ぬくぬくとした内向きの交流を描いただけの、ただの萌えアニメ」なのかそうではないのか。その二項対立が、そのまま「けいおん!!」と、この同人誌の強度の戦いに置き換えられるからなのだった。

私は、この同人誌(…に象徴される、読者が密かに想像する展開/既知の手段で回収可能な物語)がバッサリと無効になるくらいに、「けいおん!!」本編は新しい価値観・揺るぎなき関係性を提示できるんじゃないかと、それくらいの期待をしていたよ。
要は、誰一人として損なわれることなく、この先も信ずるに足る関係性を持ちながら、各自の人生を十全に生きられる、という説得力のある予感を持ったまま終われるか。ということ。アニメ2期の中盤時点での私のテーマ、というか最終的な評価の基準はそこにかかっていた。それができたら、2010年代カルチャーすべてにとっての新しい金字塔になるだろうな、と。

と・こ・ろ・が。

ところが。2期第21話『卒業アルバム!』における「全員女子大進学問題」で、この私の主張、というか見立てが最終回で完成しないのではないか、という疑惑が持ち上がる。そもそも、この進路の決断はいくらなんでも…じゃないか? これが新時代の価値観なのか? ということで、けっこうショックを受けてしまった。思わずトーンダウンしちゃうくらいに。

いま改めて考えてみると、このまま同じ女子大に進学するなら、彼女たちの関係性は書き換えられ続け、ゆえに常に破綻の可能性を孕みながら、それを維持していくための新たな努力(とその描写)が必要になるだろう。それは2010年現在の女子大生ライフとしてはあまりにも(非)リアルすぎるし、描くための方法もまだ発明されていないはず。
しかし、別々の道を歩み、「素晴らしい高校時代」として卒業と共に封印する限りにおいて、彼女たちの関係性は強化され続け、弱まることはないだろう。私もそういう結末を想像していた。ただしそれは、いわゆる「死んだ恋人には永遠に勝てない」パラドックスであって、そこには嘘がある。彼女たちの決断は、その欺瞞を嫌ったが故の必然的結果だろう。「楽しかった高校時代の思い出」として自らを対象化・相対化してしまうことを何よりも恐れ、常に更新される「現在」を共に生き続けるために、あえて「同じ女子大に進学」という茨の道を歩んでいく。そのためには現状の引き伸ばし・死の先送りすらも辞さない、という徹底的な(そして、一貫した)抵抗である。
これを単なる馴れ合いの仲良しごっこや、同調圧力としてしか見ることができないのなら「けいおん!!」は彼女たちの(決して口に出して確認されることのない)覚悟の背景を正しく伝えられなかった、として失敗なのかもしれない。
でもまぁ自殺行為だよね。だって、そんなことして上手くいった人たちなんていないんだもん。

結局、決断としてはブレがないんだけど、かといってそれでうまくいく保証はなされない。私が最終目標として立てていた問題は微妙なところで回避・延期されてしまった。
それもまぁいいか。「全員女子大進学問題」を肯定するための理屈は見えたよね。

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